自分を見つめ語る、そうして見えてくる価値観をあなたと…(後編)

定期大会での閉会挨拶。ありったけの価値観を詰め込んで
2023年の道教組定期大会。閉会挨拶があたっていた私は、コミュニティ・オーガナイジングの手法であるナラティブをこれでもかと詰め込んでみようと考え、2日間の議論を見ていました。一部改変していますが以下はあいさつの全文です。
2日間の大会参加、お疲れ様でした。私が2日間座っていた席の隣に高校センターの建設に関するあらましが銘板として掲示されています。1984年、40年前にこの建物ができるに際して、協力されたみなさんの学校名、名前がズラッと並んでいて、字の力に圧倒されながら座っていました。いまはもうない高校の名前がたくさんあるなぁ、どれくらいの方が御存命なのかな・・・とかいろいろ思っておりました。
みなさんは、40年前、何をしていましたか? いつ「学校の先生になろう!」と思いましたか?
私が学校の先生になろうと思ったのは、8歳。だいたいあの銘板が掘られたのと同じ時期です。札幌から道内のとある田舎の集落に引っ越しをしました。突然の引越しで戸惑うのはいうまでもなく、もう何もかもがカルチャーショックで、学校に行きたくなくなりました。担任の中田 隆先生がどうにか励ましてくれて、学校に通い続けました。
3年生のとき、校舎が新校舎になりました。市街地から山の方に300mくらい奥まったところに学校は引っ越しました。
学校に行きたくない私にはこの300mが遠すぎました。とぼとぼ歩いていると、歩いて通勤している田中先生が手をつないでくれて、手がぷにぷにしているのが気持ちよくて、すごく励ましてくれて「先生ってすごいな。先生になりたい」と思いました。
その頃「どうして、みんなが住んでるあたりに学校はできなかったの?」と聞いたことを覚えています。その答えは、「将来、そこには高速道路が通るんだって」でした。
大人になって、その集落を通ると、高速道路こそないものの、道の駅ができて、有名なハンバーガーショップの大きいのが立っていて、私が自転車でかっ飛ばして遊んでいた田んぼの畦道は、新幹線の駅に続く国道からのメインストリートに変わってる。
ひとつの集落がこんなに変貌を遂げるなんてなかなかないことだと思うと共に、あのとき校舎が300mあっちに行ってなかったら、中田先生と一緒に歩いていなかったら、私は先生になっていなかったかもしれない…そんなふうに思うと月日の流れと人と人との巡り合わせの大切さを感じます。
きっとみなさんにも、そんな原風景があったり、大切にしている思いが、歴史と共にあるはずです。
さて、この大会、「リアルはいいねぇ」っていう声が多く聞こえてきました。
みなさんは、どんな場面が印象に残りましたか?
「こんな取り組みをした」というエエ話ももちろんいいんですが、よくもわるくも生々しい話にこそ、私たちが道教組運動で大切にしたい教訓のようなものがあって、元気が出るのではないかと思います。
組合の存在について語っていただいた討論もありました。「やさぐれないでいられる存在」「私たちの仕事のよろこびを語り合える場所」というものがありました。動きをつくってみて、見えてくることや、大切にしたい思いを再認識することができました。
リアルのよさっていうのは、いろいろあると思うのです。
私が閉会挨拶で子どもの頃の話をしようと思ったのもあの席に座ったからだし、みなさんが討論でここに立ったときに、代議員のみなさんの顔をみて、話したいことがさらに増えた…という方もいるかもしれないし、そこによさがあるのかなと思います。
今日からはじまる2023年の道教組運動では、道教組運動がもつ「こういうことが大事だ」という歴史的な教訓を大切にしながらも、ひとりひとりの組合員の先生がもっている思い、取り組みから伝わる価値観を共感したいと思いませんか。リアルとともにオンライン、SNSあたりも活用して思いを共有しあえる豊かな道教組運動にしていきましょう。そして、明日から、子どもたちの前で、職員室で、札幌で集った仲間がそこここでがんばっているんだなって思いながら、教育実践を進めましょう。
こんなふうにして、2日の大会期間中にみんなで目の当たりにしたことを振り返りつつ、その大前提の根底に流れる「学校の先生」という仕事への思いに目を向けられるよう自分自身の子ども時代の物語を詰め込みました。
ワークショップも大事なところではありますが、実際の会議にどのように活用していくのかということが大事なのだというところが、いまの道教組運動が乗り越えるべきところなのだと思っています。
道教組「学校のリアル見える化プロジェクト」でも・・・
コミュニティ・オーガナイジングの手法に「戦略」というものがあります。組合がよくいう「戦術」とは違います。集う人たちが自分ごととして「いま、ここにいる思い」を語り共有し持ち得ている力を出し合う・・・そんなイメージがコミュニティ・オーガナイジングが示す「戦略」です。各級段階で降らせていく「戦術」とは違うのです。

戦略を語り合うときに、タイムラインを用います。
どんなふうに取り組みのやま場を作るのかということです。
どんな場にどんな人が集まるように、そのためにいつ、なにをするか・・・という議論は、わくわくします。
道教組で今年取り組んでいる「学校のリアル見える化プロジェクト」では、メンバーで会議をする際には常に戦略を意識しながらタイムラインを立てています。
よくわたしは「リアクションがある運動はがんばれる」と言いますが、タイムラインを作っていると、人の動きや思いの変化をイメージする作業になるので、とても楽しく構想を練ることができるのです。
なかなかメジャーな方法にはならないけれど・・・
ここ数年でコミュニティ・オーガナイジングの手法は少しずつ広がっているような感じはします。
でも、「組合をひっぱる側」の立場のみなさんのところまではまだ届いていないような印象です。
私がはじめてコミュニティ・オーガナイジングを知った2017年。そのちょっと前の時代の私はじーちゃん方から聞いた「昔の教訓」をもとにした経験則と、いろいろと考え込んでひらめいた直感で運動を進めていました。
昔から直感はよく当たるもんで、どうにかなってはいたものの「絶対こんなの良くない」とずっと思っていたのが、コミュニティ・オーガナイジングという手法に興味をもったさいしょなのかもしれません。
「組合は大事。でも・・・」と思うことはありませんか?
きっとその思いは、わたしが昔強く感じていた「直感じゃだめなんだって」というのと同じなのかもしれません。その思いを学びに、そして教職員組合運動のアップデートにつなげてみませんか?
