
8月の中頃からちょっと力を入れて取り組んできた学習会がありました。
「先生の働き方見える化アクション」のキックオフ学習会。
コロナになる前から、コミュニティ・オーガナイジングの手法を取り入れたワークショップをしたりしてきたけど、実戦に活用するのはほぼ初めて。
情勢の学習をして、じゃあどんなふうにそれを実現しようって考えるところまでを会議でやる。
そんな経験ができたのは、たぶん教職員組合の財産になるんじゃないかと信じています。
1年前の中央委員会で
ちょうど1年前の中央委員会のあと、Facebookのタイムラインに次のような文章を書いています。
今回ふと思ったのは、「昔、こういう機関会議に来て『いい会だったね』と教訓化が自動的になされていたのは、運動が豊かだったということはもちろんだけど、討論で語る代議員が勝手に【ストーリー・オプ・セルフ】をしていたからではないか」ということ。組織が小さくなってくると、それも厳しくなってくるのかもしれないと考えさせらせたわけです。
もちろん、決議機関ですから規約に則って決議をしておく必要はあります。でも、それだけじゃ足りなくて、むしろ運動を前進させるためには、みんなが語って運動の展望をもてるような場の工夫が必要なんだろうと思っちゃったわけです。
コミュニティ・オーガナイジングの手法で言えば、「そういうのやってみた」というのをたまに聞くけど、いよいよ「自分の組織にも必要なんじゃないか」と感じた1日でした。
もちろん、リアルに集えたわけですから、それそのものに価値を見出している人がいてもいいとは思っています。
こんなふうに書いて、図のような振り返りをしています。

集まるからには、そこから取り組みが動き出すような場を作りたいとずっと思っています。
行動提起よりも思いの共有を。そうしたら行動は見えてくる。
よく引用する昔の逸話があります。
それでも昔の教職員組合運動はパワフルであちらこちらの街にエネルギーがあったから、こんな感じでも教職員組合運動は前に進んだのだと思うのです。
コミュニティ・オーガナイジングの手法を正しく学ぶには、言葉が難しかったり深く学ぶ必要があったりして、いまの教職員組合運動には響かないところはあるのだろうと思います。その代わりとして考えておくべきなはの、
①どんな人とやるか
②いつ、どんなふうにやるか
③なにをすると私たちの思いを「放つ」ことができるのか
なのではないかということです。
あくまでも、コミュニティ・オーガナイジングの「手法を使う」の第一歩として、このあたりからはじめてみるだけでも、教職員組合運動は元気が出るのです。
今回の学習会の感想にこんな言葉がありました。
こんなふうに思ってもらえる機会が、教職員組合にたくさんあったら、これからの運動に希望があふれるんじゃないかと思うのです。
