丘の上の喫茶店と、言葉の重みとデザインと。

教育とは子どもを人間にするための大人からの激励
教職員組合運動をすすめるうえで、ふと気づいたことがあります。
それは「言葉の重み」です。
多くの先生方にとって、教職員組合運動は、職場の仕事の傍ら(かたわら)で取り組んでいるものです。専従をはじめとした役員でない限り「ライフワーク」としている人は少ないのかもしれません。
だから仕方のないことかもしれませんが、教職員組合が大切にしている教育条理は、バキッとした言葉としての定義の理解というよりは、雰囲気やニュアンスによるところが多かったりします。
もちろん昔はそんなことはなかったようです。
「教育とは子どもを人間にするための大人からの激励」は、1947年教育基本法の「人格の完成」について説明したとされる宗谷の教育運動で生まれた名言です。組合がふたつに分かれるずーっと前から言われてきている名言です。
この言葉は語り継がれます。そして運動は引き継がれていくのです。
そんな巡り合わせの中で私は「デザインすることの大切さ」に気付かされます。
デザインの工夫でいくらでも魅せられるものは生まれていく
世代を超えてこの言葉を「座右の銘だ」という、ある先生がいらっしゃいます。
私が専従になった頃、ちょうど定年退職をしたその先生は、専従としてもの先輩でもあったのです。
30代半ばで専従になった私を、多くの人たちの見方とは違う視点で心配してくれていました。

「今日は天気がいいからコーヒーでも飲みに行こう」
そんなふうに急に電話が来て、昼下がりに丘の上の喫茶店によく連れて行ってくれました。
そこで話すのは「デザイン」のコト。

教職員組合というのは、SNSで映えさせられるような素材が少ない媒体です。それは今も昔も変わらなくて、昔ならアナログな機関紙で内々に発信する程度でよかったのでしょうが、今の時代はそうはいきません。SNSに出しても問題がないコンテンツというのはなかなか見つかるものではありません。
今ではこういうふうに語ることができるようになりましたが、専従になった頃の私は、なんとなくこうした課題意識を言語化できず、発信を躊躇している時間が長くありました。
なんとなく背中を押されるように、宗谷教組のロゴマーク的なものがほしくなりました。そこで色鉛筆と八つ切り画用紙で書いて見たのが、その当時よく使っていたイラストです。
宗谷の厳しく美しい自然の中で先生と子ども、そして保護者・地域の方が岬の先端で島々を見つめている。ありそうでなさそうな岬の向こうを指差す体育の先生の視線の先には何か希望があったらいい。
そんなイメージです。長くしばらくの間、発行物の表紙や、名刺の挿絵にしていたイラストです。
できないなら誰かに頼んだらいいんだけど・・・・
絵を描こうと思って自分ができないと思ったら、教職員組合ですから美術の先生にお願いしたらいいんです。そういう方法もあるでしょう。今はそうすると思います。そうすることが「組織的」であることだってあります。ただ、そのときは、コーヒーを飲みに行って「デザインしてみろや」と言われたひとことがきっかけとなって、「自分でやってみよう」と思ったのでした。
長い年月が経って、SNSに打って出ようと思ったときにやはり意識をするのは、このとき学んだ「デザイン」です。最も、今はCanvaがあるので自分で描けなくてもどうにかなってしまいます。でも、美術の先生に「絵、描いてくれない?」とお願いするのと同じように、「いっしょに発信しよう?」と仲間を迎えることは忘れてはいけないコトのひとつです。
デザインを大切にすること、仲間を迎え共に行うようにすること。どちらもこうして培われてきた意識です。
