教師の責務と力合わせ

教師の責務と力合わせ

長い長い教育運動の上に、私たちの実践がある。

教職員組合運動に参画し、時には組織するようなって、長い教育運動の歴史の教訓を見聞きし、いまの情勢を見極め、私には何ができるのか……そんなふうに考え続けてきた20年。道教組が発足して40年弱と考えると、半分の歴史は見てきたことになります。そんな私が、学校づくりを考える際に最も大事だと考えるのは「教師の責務」です。いつしか、歴史から学び、そう思うようになりました。

教職員組合が幾度も乗り越えてきたもの

中教審「審議のまとめ」では、メリハリある給与体系を導入することが示されています。「新たな職」への給料表の新設と、学級担任手当が具体化されていますが、財源の見通しが立たないとすれば、現在支給されている手当が削減されることが同時に起こり得ます。こうした賃金に差をつける方法はこれまでも様々な理由で導入されています。

1975年主任手当の導入

宗谷の教職員組合に残る資料では、「教職員に上下関係をつくり、教職員と保護者とを分断して学校の自主的教育活動を抑えつける」として、問題点を指摘しています。

学校職員評価制度・査定昇給制度

2008年頃に立て続けに導入されたふたつの制度。やがて現在行われている「学校職員人事評価制度」に統合されることなります。学校職員人事評価制度に対する学習資料の中で、運動の方針として次の3つを挙げました。

1.「民主的学校づくり」とは何かを問い続けながら、教育活動を進める

2.いま、求められている教育は何かを考え、学校づくりに力を発揮しよう

3.教職員の評価について考えてみましょう。 _

どうする「学校職員人事評価制度」 進めよう「民主的学校づくり 」! 宗谷教職員組合 / 2016年3月

このリードとして、「教師の責務」にふれ、「民主的学校づくりの運動を広範な父母・道民とともにおしすすめること」が大きな力になる…と結んでいます。

「教師の責務」は変わらないはずだから

当時の日教組の議論の中で生まれた「教師の責務」

1971年に勁草書房から出されている「日本の教育はどうあるべきか(教育制度検討委員会・梅根 悟)」の中に「教師の責務」という言葉が出てきます。

子ども・青年は、今日、公教育制度のもとで、学級と学校の全生活の中で育つ。父母がその教育の責務を信託したのは教育専門家としての教師にたいしてであり、教育的環境としての学校であるのだから、学年の教師集団はもとより、学校全体の教職員集団が一致して子ども・青年の成長を保障する環境の整備と、人権と科学を軸とする自由な教育の創造に努力することが必要である。そうすることが信託者への、そして子ども・青年への教師の責務である。

「日本の教育はどうあるべきか(教育制度検討委員会・梅根 悟)」勁草書房

当時は教職員の教職員組合はひとつですから、そう考えるとこの第一次報告とされる文章(つまりまるまるこの書籍)は、各地の教職員組合運動を構築するために読まれたものだと考えるのが妥当です。全道では、この学校づくりの運動が次々と提唱される時期に入ります。

具体的には民主的な学校づくりへと動き出す

全道の教職員組合運動の歴史を見てみると、「教師の責務」を理解したうえで、学校づくりの運動が発展しています。宗谷の「三づくりの実践的統一(学校づくりと授業づくり、集団づくりを一体的に考えること)」を掲げる取り組み、檜山の「学校づくりの三要件(教育実践の質的向上・教職員の一致結束・地域・父母との共同)」に依拠した学校づくりの取り組みなどがあります。

力合わせは協力ではなくて…

いずれも、子どもが中心にいること、保護者・地域の願いを汲むことという点で「教師の責務」と一致します。宗谷でよく言う「力合わせ」も「教師の責務」を具体化する合言葉です。協力は「する・される」の考え方に立たざるを得ませんが、「力合わせ」は、異なる力でも出し合うことができます。初任者とベテラン、教育委員会と教職員組合などというような異なる力を子どもたちのために出し合う姿を表す言葉です。教育合意の取り組みをひとことで表しているとも言えるでしょう。

まとめにかえて

「教師の責務」という言葉が生まれた頃、そして、主任手当導入からかぞえれば、歴史は50年以上経過したことになります。世代が変わると、運動は衰退しがちです。でも、「教師の責務」「力合わせ」に代表される意識が受け継がれていることは間違いありません。教育基本法がかわって教育のあり方が問われ続ける中でも、受け継がれてきたことをいまの時代に合う形で、それぞれの職場で実践することが、分断を生まないチームとしての学校になり得る近道なのではないかと考えています。

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