思っていたら、いつかはそうなる。

思っていたら、いつかはそうなる。

2004年に学校の先生になって、教職員組合に入りました。

学校の先生になることそのものには、なんの疑いももっていなかったものの、組合の入ることはあまり意識していませんでした。そんな中で知らされた「教職員組合がふたつある」ということ。それを知ったのは、先生になったその瞬間でした。だったら「もうひとつの方」に入ってみようと思ったのが、全教との出逢いです。

よく、「組合に入ったきっかけ」みたいな話をすることがあります。最近は、会議のチェックインなどで話題になることもしばしばです。そこは置いておいて。

私が「教職員組合ってなんか楽しいのかもしれない」という初めて感じた瞬間を思いおこしてみます。

「無人島に行って…」と言われて行ってみたら

2005年の道教組青年部の集まりが根室でありました。そのときの宗谷教組書記長から

無人島に行ってみないか

というお誘いをいただき、行ってみることにしました。

根室市にあるユルリ島という無人島に行って、夜は全道の先生と交流会という企画。そこには、全道の若い先生方が仲良さそうに交流している姿がありました。

自分の学校だけじゃなく、全道にこんな素敵な先生方がいるのってすごいことじゃないか!?

そんなふうに思ったのを覚えています。

あとから聞くと、さらにその昔の時代は「セッション5」といって、広い東北海道のさまざまな地域の先生方が交流をしていたといいます。そんなふうに聞くと、なんだか楽しくなってきます。

「教職員組合ってなんか楽しいかも」ちょっとがんばってみようかな

と思ったのもそのときです。

気にしていたら、チャンスはやってくる

その後、縁があって宗谷教組の専従をすることになります。

街の執行部をしているときから、「専従」という存在、書記長という存在はちょっと気になっている存在ではありました。

書記長というのは、一般的な団体で言うところの「事務局長」。

何かと大変ではありそうだけれど、気になる存在だったのです。

あとから聞けばいろんな紆余曲折があったそうですが、宗谷教組の「書記長」をすることになったのは、2012年4月のことです。

組合っていいなを広めたい

宗谷教組書記長になるにあたって、機関紙に書いた文章が残っています。

管内で奮闘している先生方を応援する立場として役に立ちたい。それぞれの世代の先生がいて、様々な立場で子どもたちのために力合わせしていて、そんな一人ひとりの先生が「組合っていいな」と思える宗谷教組にしていきたい。私たち自身が魅力的に、豊かに活動することで、「楽しそう。仲間になりたい」って思う仲間がどんどんふえていくといいなぁと願っています。

その思いはやがて宗谷に留まらず、全道・全国へと広がっていきます。

後悔するとすれば、この段階で全国の仲間とつながっていたら、いま見えている世界はもっと広く大きかったのかもしれないということ。

少しずつ話題を広げていきますが、今では全国にたくさんのつながりができました。

いまの願いは、この思いをもとにつながりをつくること

教職員組合運動は基本的に願いや要求がもとになって動きが生まれます。

そういう意味で、私の教職員組合運動は「思っていたら、いつかはそうなっている」ものなのかもしれません。ラストスパートの日々は、たくさんの方とこの思いを共有していきたいと願っています。学習会をしたり、ZOOMで語り合ったり。そうして、教職員組合の未来を切り開くひとつのインパクトになったらいいなぁと思います。

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