8月・9月まとめ 役回りを意識して発信をしかけたい毎日

8月・9月まとめ 役回りを意識して発信をしかけたい毎日

すごく毎日やることがたくさんあって、じっくり考えることもままならない、そんな夏のおわりから秋にかけて。

教職員組合で働いていた頃から、「今日は、成果物がなにも上がらなかったなぁ」なんていう時間を過ごすのは慣れているけど、あまりにそんな日々が続いてる。人は「種まきです」と言ってくれるが、じゃあ芽は出ているのかと確かめる立場にないのがもどかしい。そんな秋のはじまりです。

芽が出て、花が咲くには見える化と激励という太陽が必要なわけで…

長く、宗谷で先生をしていると、いろんな名言に出会ったり、昔話から「教訓」を教えてもらったりしてきた。そんなエピソードはこれまでも意図的に文章にしてきたからここでは割愛。

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現代で言えば、コーチングとかファシリテーションとか言われるものを、宗谷の昔の先生は当たり前のように掌に乗せて使いこなしていたのだろう。私がよく「じーちゃん方」という大先輩はそうなのだ。

そこには教育条理というものが必ずあって、「何か具体的にどうするこうする」という話をする上でも、その根底はどっしりしていた。

世代が変わると、どうしてもそういう意識は薄らいでしまう。当然自分はじーちゃん方からすると3世代とか下になるから、薄らいでいるのだけど。

薄まらないように…なーんて思いつつ、日々の出来事を回しているときに落とし込めているかというと、そんなわけなくて。

宗谷の教育運動(教職員組合運動以外も含めて)ってとても典型的なパターンがある。

大事なことを確かめ合う→誰かが率先してやってみる→その教訓を宣伝する→取り組みが広がる→取り組みの広がりを宣伝する

これって、よくできていて、価値観の共有でもある。

大事なことを情熱的に語る人がいて、それを具体化する別のブレインがいる。

それらをまとめてうまいこと教訓化する人がいる。

それを見て、やってみようとする人が生まれる。

今なら、コーチングとかファシリテーションという「学んで意図してやらないとならないもの」を昔のじーちゃん方は地で戦略的にやってたっていうんだから敵わない。

忘れてはいけない生成AIとの関係

この2か月でずいぶんと生成AIを使うようにもなっている。

もう、時間の節約にはなくてはならない感じになっている。

すごく簡単に出力してくるんたけど、言葉がまどろっこしかったり、意図しない文がシレッと混じり込んだりっていうのがやっかい。

生成AIを使った発行物が増えてくる中で、意図をもった発信に差別化はますますしていかないとと思わされる昨今。

さぁ、冬のはじまりへ

そんなことを考えつつ、日々の喧騒をこなしているわけです。

情熱を語る役回り、価値づけする役回りがいて、取り組みは進む。

これを仕掛けていきたい冬のはじまりですね。

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